ほなろぐ

徒然なるままに、現役女子大生(22)が思うこと感じることを書いています。

人生に飛び級なんてきっと存在しないんだと思う。

 

 

 

ブログを始めてから、ちょうど始めるあたりといったほうが正しいだろうか。

何人かのブロガーさんの記事を読んでいる。

知っているブロガーさんからブロガーさんへというように、

流れるように読んでいる。

 

皆さんが書く言葉たちはあったかくて、そして、なおかついまの自分に響くものが

ある。正確に言うと響くものと響かないものがある。

最近、特にヒビノケイコさんの紡ぐ言葉たちが好きだ。

 

オーストラリアへきて9ヶ月か経とうとしている。時間があっという間とはこのことで、

最近は特に1日1日が早く感じる。

 

なぜ、この言葉たちが今日のわたしに響いたのか考えてみた。

毎日、同じ人間でも昨日と同じ自分はいない。

同じ言葉たちでも昨日の自分にはあまり響かなかったかもしれないが、

今日の自分には響くということがあると思う。

 

例をあげるとしたら、中学の時ひたすら怒られていたりして、(理由はなんでもいいが)その当時は大嫌いな先生がいたとしよう。いまとなってはその人は恩師だなあと思う感覚と似ている気がする。ああ、あのとき先生が言いたかったことでこういうことなんだ、とあとから理解するような感覚。

 

 誰かの価値観に身を委ねないというのはある種の人間にとっては、簡単だが

それ以外の人たちには難しい。というのも、いままでいろんな選択を自分ではない

"誰か"にしてもらっていた場合や、せざるを得ない状況にいた場合や、いろんな

ケースがあると思うのだが、そんな人たちにとって決めるという行為はとても難しい。

 

一方、自分で決めてきた人生を歩んできた人には逆に何かを誰かに決められると

いうことは人権侵害以外の何ものでもないだろう。それが例え、両親だったとしても

彼らは自らを貫くのであろう。そして、そこにめいっぱいの「覚悟」がある。

 

自由」とは時に人を苦しめるものにも変わると思う。

 

わたしも比較的自由に生きてきた方だと思っていた。こちらへきて、自由度が増した

生活を送ると、あれ、わたし、なにがしたいんだっけと困惑したことを覚えている。

縛りがあることへの安心感は存在すると思う。そして何かに所属しているという安心感も然りだ。

 

「なんでもできるよ。」と言われてひどく臆病になったことがある。

なんでもできるけど、わたしはなにがしたいんだっけ、と。

 

 

 

 思ったことは環境を変えることももちろん重要であるが、環境を自分が

やりやすいようにカスタマイズしていくことが最重要なんじゃないかということ。

一時期、あーでもないこーでもないと環境ばかりを変えていた時期があったが、

変えたところでなにも解決しなかった。

頭ではなにも考えず、ただぐるぐるしていた。とても不安定な時期だったと思う。

 

どこにいるにしても、きっと頭で考えて描いていくことが大切なんだと思う。

ありふれた言葉だが世界のどこを探しても自分はいない、自分はあなたの内側にある。

 

思ったことがある。出発する前は、私がする行動に対して否定的な考え方の

人たちがいてひどく突っ込まれた。私はそのとき、なんでこの人たちにこんなこと

言われなきゃならないんだ!と突っぱねた。

 

が、こっちに到着してそのひとたちの言いたかったことがわかるし、なにより

気にしてくれていたということ、それ自体がなんだかありがたかったなと

思えるようになった。結局、私は私の意志で決断した。それでよかったと思っている。

 

 一人、知らない土地へくるとまあ否定も肯定もなにもきにしてくれるひとが近くにはいないことをリアルに感じる。好きの反対は嫌いではなく、無視という言葉があるように、だ。でも、それが自由だ。私はなにをしてもいい、そして、なにをしなくたっていい。

 

自由だ。完全に。

 

私は自由が怖くなった。自由であると引き換えに自分の人生を本当の意味で

選択しなければいけないという、責任がつきまとうからだ。

 

ヒビノさんがいう「身の置き所がないような気分」とぴったり合致する。

ああ、あのときの自分はきっとそんな気分だったんだと振り返ることができる。

 

そしてこれは偶然なのかわからないがヒビノさんも私が尊敬している大人たちも

同じことをいっていたことに気づいた。

 

自分のルールを決めてそれをコツコツを毎日積み重ねていく。

 

これが、遠回りのようで近道なのだと。続けることができるひとは強い。

 

誰か決めたわけでもない、自らが決めたルールを着実に誠実に守る。

その地道な努力こそがあなたを作る。「生きているあなた」をつくる。

 

私はこのように解釈する。

 

人生に飛び級なんて存在しないのだと思う。

 

なにかひとつでもいい、なにかを積み上げよう。

自分には何もないなんて悲観している場合じゃない。

 

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さあ、今日のあなたに+1しよう。

 

 

                                                                           ▶︎  To be continue...